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「梅の蕾」吉村昭 

日常のふと目にした光景が、突然過去の幻影と重なり記憶を呼び覚ますことがある。

愛犬と散歩中、どこからか馥郁とした甘い香りが風に運ばれて来た。その匂いを辿るように辺りを見渡すと、最寄の寺の山門脇に植えられた梅の花が満開だった。

梅の蕾

東北大震災から一年が経とうする、まだ梅も蕾の二月半ばのこと。朝ラジオの声で目が覚めた。前夜から「ラジオ深夜便」を付けっ放しで、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。

朝ラジオを聴く習慣はないのだが、そこからは「今朝の“ラジオ文芸館”はアンコールにより、吉村昭・作“梅の蕾”をお送りします。朗読はアナウンサーの黒沢保裕です」

そんな番組があるとは、ついぞ知らなかった。それは毎週土曜日、朝8時5分から8時45分まで主に短編小説を朗読する番組である。

その後、布団の中で涙するとは思いもよらなかった。そしてそれは実話であることも、その時知る由もない。

検索を頼りに、記憶を辿ってみたい。


海岸に沿って峻険な岩と山肌が続く三陸海岸。その一つ、陸の孤島と言われた岩手県のある過疎の村は医師不在だった。村のことを第一に考える村長の悩みは目下、村営診療所の運営である。

春になれば、海を見下ろす丘には草花が咲き乱れる。海と山に囲まれた風光明媚で自然豊かな土地柄の広報をはじめ、医師を募集していた。

それがある日ふと、千葉の癌センターに勤務する堂前医師の目に留まり、村の役場に電話が入る。もし村の紹介が本当であれば考えてみたいとのことだった。

堂前医師は、癌センターで枢要な地位にある。また子供の教育のこともあり、都会を離れたくない夫人は頑なに拒み説得出来ない状況にあった。村長もそのことを知らされ半ば諦めていた。

やがて、三陸海岸に春が訪れる。

そして、ついに堂前医師が村の診療所に来てくれることになった。そこには、夫人と二人の子供の姿があった。

診療所での堂前医師の評判は上々で、家族のように患者を労わり、村人にも慕われていた。子供は転校先でも、学業成績は優秀だった。一方、夫人は野草を摘むのが趣味で、それは素人の域を越えた専門知識を持つほどであった。気さくな人柄ゆえ、村人と親しみ連日のように一緒に山に入った。

だが、夫人は既に白血病に侵されていた。余命の長くないことを知る堂前は、妻が命を燃やす最良の環境としてこの村を選び、一家でやって来たのだ。

夫人は村での暮らしを楽しみ、それはしばらく続いた。そして定期検査を兼ね実家に帰った折、村人に梅の苗木を贈った。その一つは、村長へ。

そして、ある日のこと。村長に報せが入る。

「堂前夫人が・・・お亡くなりになったそうです」


実家のある湘南の町で葬儀が行われた。

村人代表として村長がかけつけた。既に読経が始まり、堂前医師と二人の子供が祭壇の横に座っていた。飾られた夫人の写真はふくよかで、笑みを浮かべていた。

村長は挨拶と焼香を済ませ、一旦家の前の道に出て葬儀の係に弔辞を用意してることを伝えた。すると突然、数台のバスが近づいて来る気配がした。それらは目の前を通り過ぎ停止した。

見ると全て岩手ナンバーで、そこから喪服を着た大勢の人が降りてきた。それは、何と200人を越える見慣れた村人たちの姿だった。夫人の訃報を知った人々がバスを手配し、夜を徹してやって来たのだ。

夥しい数の人に、葬儀社の人は呆気にとられていた。まもなく村長は促されるように祭壇に向い、弔辞を読み始めた。

「梅の蕾が・・・」

だが、絶句し言葉が続かない。後ろから大勢の参列者のむせび泣く声が聞こえてきた。


やがて、寒気も緩み三陸海岸に再び春が訪れようとしていた。

堂前医師が身の回りの整理の為、村に帰って来た。また無医村となり別れを覚悟する村長に、こう言った。

「子供の学校も決まり、妻の実家で預かってもらうことになりました」

「・・・・・と、言いますと?」

「単身赴任と言うわけですよ。大勢の村の人が遠くから来て下さって、診療所に戻らぬわけにはいかないでしょう」

二人の目には、光るものが溢れようとしていた。

umemankai.jpg

「先生。今私の家の庭に、奥様から頂いた梅の花が満開です」

堂前は、にこりと微笑んだ。



~吉村昭『遠い幻影』収録“梅の蕾”より~



早速、本も読みました。やはりこの「梅の蕾」が短編の中で、印象も味わい深さも傑出しています。ぜひ、一読下さい。


[ 2012/03 ] チョットいい話 | コメント(-)








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