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文学散歩道「櫻守」を訪ねて 

妖しくも華やかに咲き誇った染井吉野。
儚く散ってしまった四月も半ば。

Roku 2265

水上勉「櫻守」の舞台でもある桜の園
「亦楽山荘」を愛犬と漫ろ歩いてきた。

兵庫県・宝塚~三田間に武田尾という温泉郷がある。賑やかな有馬温泉とはまた違った、観光地の喧騒を感じさせない鄙びた情緒・趣を残している。阪急電鉄創設者・小林一三が宝塚歌劇をも創始し、その街が華やかなるベッドタウンになった今でこそ、近郷近在の地となった。

『風呂をあがって、あまごの天ぷらで竹部は弥吉とふたりきりで夜食をとった。この時給仕にきた女が園といった。色は白いけれど、近在の農家の娘にちがいない。愛嬌のある顔をしていた。鼻はややひくめだが、口もとが形よく整っていて、みるからに健康そうだった。糸のように細まる目が、この娘の利発さと人の好さを感じさせた。』

竹部(庸太郎)とは、樹齢四百年の「荘川桜」を岐阜・御母衣ダムの底に沈む前に、人々の一縷の望みを託され移植に成功させた桜博士・笹部新太郎がモデルである。弥吉はこの物語の主人公で庭師でもあり、竹部の弟子となり桜守として48年の短い生涯を送る。温泉旅館の仲居だった園との出会いが機縁となり、後に桜が満開の日めでたく夫婦となる。

Roku 2423 Roku 2419

廃線跡に入ってすぐにオオシマザクラに迎えられる。予想は外れ、惜しくも半分以上散ってしまっている。だが、零れ桜舞う枕木の上を歩くのも風情があり悪くない。此処は幾度となく訪れているが、リズムよく快適に踏み歩くも、時折り枕木の間隔が歩幅に合わなくなるのが相変わらずもどかしい。

Roku 2421

愛犬のRokuとやって来たのは10年振り2度目である。それまで友人とマウンテンバイクで走破したこともあった。

幼少の頃まで、この単線の旧福知山線には蒸気機関車が通っていた。宝塚駅を少し過ぎた所にケーブルカーの中央に見られるような交差があり、しばらく対向列車待ちをしてたように思う。両親に連れられ汽車に乗り、今はもうないが赤と白の独特の色をした建物・ウィルキンソンの工場を左手に見ながら窓の外を眺めていた。そこから武田尾まで、短いトンネルの数が多く、その景色はワクワクするくらい変化に富んでいた。

Roku 2354

それは丹波に源を発する武庫川沿いに、そして両側から迫った山肌の狭間を縫うように走っていた。窓から顔を出し前を見ると、緩やかなカーブのはるか先にまで大きな塊は生き物のように続いていた。その重厚な先頭は、真っ黒な蒸気を吐き出しながら時折り大きな警笛を発する。だが長いトンネルにさしかかる時は、確か車内アナウンスにより窓を閉めたのではなかったか。小さな体から、車窓から眺める光景は、まさに深山幽谷を勇ましく突き進む童謡「汽車ポッポ」そのものであった。それは、当時宝塚ファミリーランドにあった、どの乗り物よりも興奮させた。

やがて武田尾駅に着き赤い橋を渡り、四件あった旅館のいずれかで祖父の法事を営んだ記憶がある。そんなことを思い出しながら一つ目のトンネルに入ってゆく。

『うるんだ誰もの眼に、遠い桜山の尾根の花がかすみ、その下のトンネルの黒い穴へ、紋付を着た弥吉が、園の手をひいて吸いこまれるのがみえた。』

Roku 2418

小説では、最初のトンネル内の枕木の数は121とある。だが踏み歩いて確かめたが123なのだ。その次は98とさらに短くなっているが、実際は倍ほどの長さがある。この二つまで懐中電灯は必要ない。一度全線懐中電灯無しで、しかも一人で歩いたことがあるが、流石に気味が悪かった。愛犬と来た時は、トンネル内で奇妙な体験をしたこともある。

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二つめのトンネルを抜けるとすぐ木の橋があり、それを渡ると桜の園「亦楽山荘」の入り口である。驚いたことに、以前よりも綺麗に整備され様変わりしている。沿道にも桜が植樹されている。

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枕木はさらに宝塚方面へと続くが、桜の園へと階段を昇る。すると、そこには目にも眩しい新緑の世界がキラキラと広がっていた。秋の紅葉も良いが、全てが芽吹くこの時季も素晴らしい。ハート型の丸い葉をしたカツラの木が特に瑞々しく迎えてくれる。

Roku 2413

当時、「桜の園」とは名ばかりで荒れ果てていた。10年の時の流れを感じさせる。

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柔らかい陽射しが、木漏れ日が、深々と渓を緑に染める。

Roku 2410

踵を返し、右の尾根道から「亦楽山荘」を一周することにした。

Roku 2386

残念ながら、今年は温暖でこの辺り一帯の山桜は例年になく既に散っていた。代わりに、至るところでミツバツツジが目にも鮮やかに咲いている。それと見紛う種類にモチツツジというのがある。その名の如く葉の裏に粘着性がある、といえば思い出して頂けるのでは。

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大きな木をはじめ低山植物の全ての種類に標識が掲げられ説明されている。おかげで山桜は見られずとも、また別の楽しみが出来た。今まで見向きもしなかったものが、その名や由来を知ることによって、また別の世界が広がってくる。ふと芭蕉の句を思い出す。
「よく見ればなずな花咲く垣根かな」。
労を厭わない、「櫻守の会」有志の方々に感謝。もちろん、これらの事業は全体の一角にすぎない。

ミツバツツジが咲き乱れるなか、登りつめると展望所に出た。

Roku 2391

ベンチに座りRokuと肩を組んでしばし佇む。重畳とたたなう山並みが、遥かかなた春霞に薄っすらと消えてゆく。本来なら、山桜が深い緑に点々とその薄桃色を添えている筈である。そこに心象風景を重ね合わせていた。

展望所から下りてくると沢に出た。急にひんやりとした空気に包まれる。しばらくその渓が醸す、初夏さながらの風情を味わいながら下りを楽しむ。

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さて、「桜の園」核心部に辿り着いた。

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桜博士・笹部新太郎が当時研究室として実際に使っていた建物である。その二段下の畝に、もう一つ壊れた小屋がある。小説で弥吉が園と式を挙げ、そのままトンネルを通ってやってきた番小屋である。桜を愛してやまない弥吉が敢えて此処を選び園と初夜を迎える。

Roku 2371

『しゃべりつかれて気がつくと、陽は向い山の背に沈んでいる。空もなすび色に変わった。弥吉は園を部屋へあげた。~滝の音がたかまってきた。~自分の躯と、園の躯が一しょに滝壺へ落ちてゆくような、生涯忘れられない記憶になった。園の瞼と耳に、朱をさしたように血がのぼった。弥吉が腕をはなして、畳へ目をやると、乱れ髪が流れて、楊貴妃の花弁が一つ、小貝をつけたようについていた。弥吉はうっとりとそれをながめた。』

楊貴妃とは、桜の種類である。見たところ滝はすぐ近くにあるが、桜の木はこの小屋のまわりにはなかった。かわりにオオモミジの大木があった。

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傍にはシャガの花が咲き乱れていた。一段降りたところに鹿威(ししおどし)があった。甲高いその音は、辺り一帯静寂の森と渓に透き通るように響き渡る。

最初の音にだけは、犬のRokuもびっくりしていた。狗おどしである。

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さらにその下には、水汲み場のようなものがある。小説にあった、西瓜を冷やしたそれだろうか。その中から奇妙な音が聞こえてきた。それは決して耳障りではない。むしろ、しばらく聞いていたい澄んだ音である。Rokuが覗き込むと急に蛙が飛び出してきた。体の色は茶色い。おそらく、その体に似つかない清んだ声を発する河鹿蛙と思われる。

しばらく此処に佇み、静謐に訪れるこれら花鳥風月・風流に浸っていた。が、突然すぐ上から賑やかな遠足と思しき子供たちの声が聞こえてきたので下ることにした。

Roku 2379

幾つもの小滝のわきを通り、元の広場に出る。

Roku 2360


その前では、ヤマブキが綺麗に咲いていた。この写真を撮ってると、初老の上品なご夫婦が話しかけてこられた。カメラを向けるとポーズを取るこの犬が可笑しく、微笑ましいとのことだった。

もちろん撮影の時だけノーリードにして、行き交う人がいれば繋いでいる。

Roku 2359

川岸まで行くと長尾淵が広がる。奥には、廃線跡が宝塚方面へと続いている。

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泳ぎたいと目で合図するので、しばらく遊ばせる。

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『~武田尾の番小舎には、初夜の思い出がある。~思い出ぶかい百二十一と九十八の枕木を数えて二人はくぐった。~「兵隊にいかはったら、桜もみおさめどすね」~番小舎は昔のままだった。窓をあけて、小舎の中から滝を眺めた。水は相かわらず白布をたらしたように、しぶきをあげて落ちていた。~二段上の畝にある竹部の研究室は戸がしまっていた。静かな桜山にしきりと鳥が啼いた。~この番小舎で、夕方まで時間を過ごした記憶が武田尾を見た最後である。』

Roku 2356

武庫川ベリの広場には、桜山を見守るかのように一本の若いササベザクラが佇んでいた。

『桜はうしろに常盤樹をめぐらせて屏風にしなければ映えない。これは常識だった。空に向って咲くのでは空の色に吸われるのである。』

Roku 2358

後に「ササベザクラ」と名付けれたことは本人は知らない。武庫川は、そんなこともお構いなしに昔と変わらず深くて濃い緑の淵となって静かに流れている。

やがて小説の舞台は岐阜・御母衣ダムの畔へと移る。樹齢400年の老桜があった寺も集落も、そして人々の思い出までもがダムの底に沈んでしまった、ある春のこと。

『湖水は両側の山影をうかべ、ちりめん皺をたてて鏡のように凪いでいた。二本の桜は、新しい枝を張って芽吹いた若葉のあいまからうす桃色の美しい花をのぞかせて、春風にゆれていた。この桜の根元には、時折弁当をひろげて夕方まで動かない老夫婦の姿があった。どこからきた人たちかわからなかったが、おそらく水没の村を出て都会で暮らしている人だろうということだった。朝早くにきて、一日じゅう桜の根にいて、うごかない一組はふたりとも七十に近かった。老夫婦は日の暮れるまで、そこにいて、日がかげりはじめると、桜の根に手をふれて泣いていたという。』

Roku 2344

愛犬と元来たトンネルを帰ってゆく。

『二十三番トンネルは百二十一、その次は九十八どしたかいな』

あらゆるシーンが現風景と重なり合う。小説を読んでから訪れると、こうまでも感慨深いものになるとは思いもよらなかった。ただの「漫ろ歩き」が、同じ意味でも「逍遙」となった気がする。

暗いトンネルの枕木を踏みながら回想する。最初は何故、笹部新太郎をモデルにした竹部が主人公でないのか、多少の違和感を覚えていた。だが、次第に読み進むうちに腑に落ちてゆく。

一介の植木職人「弥吉」だからこそ、温泉宿の仲居だった「園」との新婚生活が哀愁帯びながらも、あたかも山桜のように淡く素朴なものとして目に映ってくる。そこに竹部が登場することによって名脇役となり、170頁の短い物語に華を添え、重厚に、美しく、懐かしく、そして哀惜の想いまでも募らせるのだ。

Roku 2343

誰もいないトンネルの先に出口の明かりが近づくとホッとする。暗鬱と締め付けられたものが、一気に明るく開放される。

Roku 2418


来た時と同じく、沿道のオオシマザクラから廃線跡にしきりと零れ桜が舞う。ここ武田尾にまた、二度とはめぐらぬ春がたけてゆく。

Roku 2340

園の生まれ故郷、切畑の十字路で車から降りた。そこには、来る時には気付かなかった一本の大きな山桜があった。それは奥に見える茅葺の家と対をなすように夕暮れに映え、その淡い紅色を薄曇りにはっきりと浮かべていた。

ふと思った。
「桜の園」、滝のそばにある番小舎に覆い被さるようにあったと云う「楊貴妃」は、このようなものだったのだろうか。

なぜか、この山桜だけが満開だった。

「櫻守」にはなれないが、「桜人」にはなれる。
そんな気がした。



[ 2009/04 ] 徒然なる話 | CM(1)

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[ 2016/07/16 11:04 ] [ 編集 ]

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